The 24th JAPAN TENT
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28(梁)高峰博士と八田さんは2人とも、国境を越えて人のために尽力しました。ジャパンテントは2人の魂を受け継ぎ、日本の友情を世界中の方々に伝え続けていきます。私も、少しでも世界の人に役立ちたいと思いますから、これからもっと頑張ります。(大内)高峰博士も八田技師も人種や国を超えて、人間としてできること、人として交流していくことがいかに重要かを、身をもって行った。そういうマインドを持ち続けたから、結果的にできたのだと思います。 東日本大震災からの復興を支援国や民族を超えた友情の絆(大内)今日はパネリストとして、東北大学のバレンティーナ・マッツォテイさんも参加予定でしたが、体調がすぐれず、登壇できませんでした、彼女から東日本大震災の被災地の写真画像を預かっています。(写真画像を見ながら)皆さんも東日本大震災は驚いたと思います。僕も会議中に地震に遭い、一晩大学で過ごしました。写真は気仙沼と石巻でバレンティーナさんが撮ったものです。ほとんど町が流されてしまい、道路も鉄道も破壊されています。建物が少しだけ残っていますが、大半は跡形もなく土台から流されています。船が陸に上がった姿にも驚きました。未曾有の大災害で、今も8万人を超す人たちが避難生活を送っています。バレンティーナさんからのメッセージも紹介します。 「私はイタリアから2010年10月に東北大学に留学し、日本の歴史、日本美術史を勉強しています。 東日本大震災を経験し、一時、イタリアに避難しましたが、両親や友達の反対を押し切る形で、すぐに日本に戻りました。ボランティアに参加し、気仙沼と石巻に行きました。被災者と話をし、津波で無残に破壊され、荒廃した町をあぜんとした気持ちで歩きました。その状況は今でも目に焼き付き、生涯忘れることはないと思います。私にとってはそれほど衝撃的な事件でした。震災を経験したことが、かえって日本で勉強を続ける決意を固めさせました。 芸術には、直接的な力はないけれど、再生と祈りがあるように強く感じられました。私ができることは、芸術を勉強するという、私の使命を実践することだと思いました。私は外国人ですが、被災地が復興するように、私に与えられた使命を果たすべく、一生懸命頑張りたいと思います」。 心強いメッセージでしたが、梁さんは地震について何か考えましたか。(梁)まだ日本に来ていなかったのですが、テレビで見て、悲惨な光景に驚きました。今回の大震災で日本人が根性を見せたことに感心しました。(大内)いつまでもくよくよせず、残された人間こそが元気を出さないと命を失った人に申し訳ないという思いが、被災者にあるのですね。(カルロス)私はアルゼンチンにいてテレビで知りました。それまで「我慢」という言葉を知りませんでしたが、日本人は辛いことがあっても「我慢」できる。それは、心の中に希望を持っているからです。国民の中に大きな力を作ることが、日本再生の鍵だと思います。それは「日本人の精神」だと思います。 「我慢」のほかに「根気」という言葉も知りました。時間はかかるが、頑張ったらできる。これも日本だけだと思います。(モハメッド)長崎にいましたが全然知らず、ケニアから電話を受けました。家族がニュースを見て、私のことを心配したのです。 自然の力は強いと思いました。日本のように発展した国でも、大きな地震があれば人の力が足りない。長崎市民も長崎大学の学生や私たち留学生も何かできればいいと思い、義援金を集めました。復興には時間とお金がかかりますが、日本人が協力すればできると思います。(大内)いろいろな活動をした人がいると思います。震災復旧のボランティアに参加した人はいますか。8火Tue23パネラー 梁 芸嘉台湾/早稲田大学
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